もうそろそろ限界に近い

私がプレイ中のオンラインゲームの話なんですが、正直いってそろそろ詰みそうな感じです。笑

戦闘スキルが全く手に入らない状態なので、手強い敵相手に今の状態では戦闘は厳しいですし、パーティープレイでも攻撃力不足であまりにも役に立たないからです。

月に数千円程度なら課金してもいいかなと思っていましたが、どうやらその程度ではお話にならないようです。

上位プレイヤーには数万円、凄まじい人だと月に10万円以上という猛者もいるらしいのです。

ラスボスを倒すという確固たる目的がある普通のRPGと異なり、私がプレイしているMMORPGというのは物語りは二の次、自分や同盟のレベルを上げて強くしていく事自体が目的なので、それに行き詰まっていてはどうしようもないのです。

ならば止めるとか別のゲームに行くというのは身も蓋もない話ですし、身の丈に合った敵を相手にすればいいと言っても、ドラクエで例えるなら、レベルが50にもなってスライムと延々と戦ってレベルを上げると言うようなものです。

困りました。

う~ん何か良い手立てはないか思案中です。 

かごめ昆布

今日の昼ご飯は週末に茹でたうどんの残りがあったのでご飯を炊くという選択肢もあったのですが、まあそれも面倒だったのでとりあえずそいつをこれまた昨日茹でた枝豆の残りと一緒にやっつけてやろうと考えて昼ご飯を作りました。

 当初はそれに加えてパンも割と余っているのでサンドイッチでも作ろうかなと思ったのですが、、やっぱり面倒だったのでまあひとまずそのうどんだけで、あとはお腹がすいたときにパンでもなんでも食べればいいやということで干しシイタケを鍋に入れておいてシャワーを浴びました。

 うどんにいれるものとして発見したのはずっと食器棚に無造作にしまわれていたかごめ昆布というものでした、あとは山菜とさっきの干しシイタケです。かごめ昆布はいれたらネバネバしてくると書いてあったので大量に入れてだし代わりにもなるかなと思ったら、あまりなりませんでした。

 なので醤油に塩、昆布茶で味を調えて食しましたがなんともそのかごめ昆布が私の舌にはあわなかったのですが、まあ薬かなと思っていただきました。

今日の予定は

FZ038今日はとってもいい天気なので、布団を外に干してます。昨日は雨がちょっとちらつくような1日だったので布団干しができなかったので・・・やっぱり1日でも干せないと、なんだかムズムズしちゃうんですよね。朝よりは少し雲が出てきちゃいましたが、それでもしっかり1日干しておこうと思います。

これからお昼ごはんにしようか、予定のおでかけにしようか迷うところ。実は少し離れたショッピングセンターに用事があるんですが、今子どもが昼寝中なのでそれを起こしていくのもかわいそうかなと思ってるんです。でも、そんなこと考えてたらあっという間に時間が過ぎてしまって、他の兄弟が帰ってくる時間になっちゃうんですよね。できれば、まだ身軽なうちに色々用事を済ませておきたい。でもすやすやと眠る幸せそうな寝顔を見ていると、なかなか難しい選択です。

さて、とりあえずご飯をすませましょうか。お昼を軽く食べて、急いででかけてきます。今日は絶対に牛乳を買っておかないと!切らしてしまうと大変なんですよね、主に明日の朝が。では活動します。

一日に一つ良いことを?

何か一日のうちでこれは必ずやる、ということを決めて生活しなさいと言われます。知人は一日にひとつ良いことをする、という目標を掲げているのだそうです。別の知人は、私は、脳の活性化のために一日に一つ何かを発見する、気付くように努力するのだそうです。それって努力で出来ることなのか?とも思います。人の目標を聞きながら、私は何をしようかと思います。

先日、実家から私のところに来る母が、バスの中で、すぐに降りるので良いですよ、と言ったのだけれど、どうしても、どうぞどうぞって言われてね、手を引っ張って座らせてくれるものだから、お言葉に甘えたのよ、と言っていました。今日は小さなことが万になってかえって来る日らしいからねと付け加えます。カレンダーに書いてあったのだそうです。

一日に一つ良いことをする、これは、外に出ないとできません。毎日は無理だな、と思いながら、私は、結局、節電も考えて、廊下にぞうきんがけをすることにしました。目標でも何でもなく、単にお掃除です。

昼顔とペテロの葬列

先日昼顔(といっても最終回の一話だけ見ただけですが)をみ終わって、同じクールで見ていたペテロの葬列をふと思い出しました。ペテロの葬列でも最終回で奥さんが不倫(といっても一度限りの関係だったようですが)した事実を知った夫は落胆し、二人は離婚していきました。

 昼顔では不倫していた二人は一応お互いの家に戻りました(最終的に主人公の女性は離婚しましたが)がペテロの葬列は一度の行為で離婚となりました。

 そこにはペテロの主人公と奥さんの格差、大きな会社の会長の娘と一般的な家庭の息子、が主人公を縛り付けていたことからの解放といったエンディングでもあったのですが、なんとなく潔くて好感がもてました。

 一方昼顔では主人公たちはドロドロとした日常のなかで本当の愛(もしくは偽り?)に一点の光を見出してそれを掴もうとしますが結局それは幻想で終わってしまいます。

 しかし、昼顔はある意味で今の世界の現実を抉り出していると私は思います、退屈さに圧殺されてしまう個人の存在に対して。

「女子供」と言われる時代じゃないのだから…

新聞を読んでいたら「防災ガール」という言葉が飛び込んできました。防災への意識を高めるために活動されている20~30代の女性団体のことだそうです。その活動自体は素晴らしいことだと思うのですが、「ガール」という言葉に違和感を覚えました。「森ガール」「山ガール」「カメラ女子」などなど、「○○ガール」「○○女子」という呼称に、私は不快感すら覚えてしまいます。いい年して「女子会」と言って集まるのもどうかと。私自身「アラサー女子」ですが、そんな年代の女性たちが自らを「ガール」「女子」と名乗ることを情けないと思います。元TBSアナウンサーの吉川美代子さんが『女子アナ』という呼称を蔑称と考えるとおっしゃっていました。曰く「弁護士や医者の頭に『女子』とつけますか?」と。まったく同意です。「ガール」「女子」という言い方には、自らを子ども扱いして責任逃れをしているように思えます。昔に比べて女性たちはパワフルで若々しくなったと思います。しかしだからと言って子どもではないのです。「大人の女性」としての責任と魅力を備え、そこを主張していった方がスマートだと思うのはおかしいでしょうか。

伝え方が9割

ED157台風が去り、また暑さが戻ってきましたね。

今日はぶらぶらと駅前の本屋をのぞいてみると、小中学生が本を見るわけでもなくわいわい騒いでいました。どうやら涼んでいたようですね^^;店員さんもちょっぴり困っている様子。夏休みなのでこればっかりは仕方ないですね。

本屋自体もすっかり夏休みムードで、読書感想文やガイドブックのコーナーが賑わっているようでした。特に「沖縄」「京都」のガイドブックは売れ筋の様子。沖縄は分かるけど、夏の京都なんて酷い暑さで観光どころじゃないのになあ・・・。

さて、私はお目当てのビジネス書コーナーへ。特に欲しい本はなかったのですが「当店おすすめ!40万部突破!」と書かれていた「伝え方が9割」という本が気になって手に取りました。元博報堂で作詞家、大学講師でもあるコピーライター佐々木圭一さんという方が書かれているそうです。「この本で学べば、あなたのコトバが一瞬で強くなり、人生が変わります」だそうです。大げさな気もするけれど、なんだかおもしろいので買ってみました。本当に何かが変わればいいなあ。

直射日光

ここのところ本当に天気がいいです、以前は天気がいいと家でじっとしていることができずにバイクに乗って海へ行き、日光浴を楽しんでいました。今もできればそうしたいところですが、単純にめんどくさいので最近は行かなくなりました。

 マッサージの勉強をしている知り合いから少し怖いことを言われました、私の肌はいわゆる色白なのですが、そういった感じでしょっちゅう日焼けしていたころは逆に真っ黒でした。ただなんとなく太陽光は体にいいだろうと安易な考えのもとでそうしていたのですが、そのマッサージを受ける際に裸になるとほくろが多いから皮膚科に行った方がいいかもよと助言されてしまいました。

 例えばオーストラリアなどでは紫外線が強い為皮膚がんの発症率がとても高く、実際にその人の知り合いでも治療を受けた人がいることを教えられました。また、何かの本だかニュース番組にも最近の日差しは逆に皮膚にとっては有害とされる情報も聞いたことがあります。

座頭市 THE LAST

映画『座頭市 THE LAST』で市が結婚したというのにも違和感は持ったが、それ以上に二番目にクレジットされているにも関わらず、恋女房役の石原さとみの出番が冒頭とラストのみであったのはどうなの? 殺されたのはいいとしても、その影響がその後の展開に反映されたとは思えない。市には悲しみや諦念があったはずだが、どうもそれが表現されているとは言いにくい。それと、市を殺そうとして結果的にタネを殺した男(高岡蒼甫)が、後に天道の息子ということがわかるが、お互いの関わり方が薄く感じたのは俺だけ?

ネットの感想の中に、(勝新に較べると)殺陣がなってないというようなものがあったが、それはちょっと違うんじゃないかな、と。

あの頃の殺陣は完全に“見せる”ものだったが、山田洋次の『たそがれ清兵衛』以降、恰好ばかりの殺陣ではなく、もっと生々しく動かす方向に変わってきている。

かの永倉新八も、「人斬りというのは、道場で竹刀を振り回すような訳にはいかない」というようなことを言っていたらしく、立ち回りの中で滑ったり転んだりというのはあってもいいだろう。しかし、香取慎吾は殺陣を含め殆どのシーンを、目を瞑って行った(さすがに、糸を針に通す場面はそうはいかなかっただろうが)そうだが、そこまでする必要は無かったんじゃないの感じた。あと現在版権を持っている人間が、「今後、座頭市の映像化権を許可することはない」と宣言し、それを以て“THE LAST”と銘打ったようだが、著作権法とかでは作者の死後50年を経過すればその権利は消えるはずで、その意味では大袈裟に宣伝しすぎ。

座頭市のイメージとしては、勝新のシリーズは第一作目をはじめ数本しか観ていないが、全編に漂う無常観。

残念ながらそれは一切感じられない。 そういえば、勝新のシリーズで、唯一山本薩夫が監督したやつがあって、それはDVDでは出ていない(少なくともレンタルはされていない)らしいんだが、それは是非とも観てみたいもんだ。

『スイートリトルライズ』

映画『スイートリトルライズ』の 冒頭の朝の食卓風景。聡がテーブルに座って新聞を読んでいる。しかし、よく見ると画面のこちら側(つまり聡の読んでいる裏側)が一面になっている。てことは、聡はテレビ欄を必死になって読んでいるってことじゃん。見返しがテレビ欄じゃないのって、一般紙じゃ日経だけだろ。

それと飯を食う時、ご飯から先に食っていた。味噌汁(お吸い物)から箸をつけるのが礼儀だとは教わんなかったのか、おまえら!

それに他人の家の飼い犬に勝手にミルクを与えているし、しかもそのとき牛乳瓶の蓋を地べたに置いたままだし。

細かいツッコミはこれくらいにして。でも、家にキャンドルなんて、今時は珍しくないのかもしれないけど、やはりどこか気取ってる。第一、題名からして気取ってるじゃん。

瑠璃子は言う。「この家には恋が足りない」つい最近、ラジオのテレフォン人生相談を聴いていたら、回答者のおばさんがこんなことを言ってた。

「男ってねえ、結婚した途端に妻に“母”を求めるのよ」聡の様子を見て、ふとその言葉を思い出した。男を求める女にとっては、物足りない反応。俺もそんなトコがあるかもなあ。反省しなきゃなんないかな。

でも、家の中の部屋に鍵をかけてテレビゲーム三昧。その部屋から呼び出すのに携帯電話を使う、なんてことはやってはいないけどね。

瑠璃子の態度が腑に落ちない。

「もう帰らなくちゃ」を連発する。家に何かを求めているのか。浮気相手のアパートの部屋のカーテンを開けるだけでなく、窓さえ開けてしまう。

「あなたのこと愛しているわ」と言いつつも、「聡は私の窓なの」と。「守りたいものには嘘はつけるけど、あなたに嘘はつけない。」

なーんか、実感として迫ってこないんだよなあ。宇宙人みたいな顔の小林十市のせいかもしんない。(小さんの孫なんだってね)

池脇千鶴は顔がやけにぽっちゃりしてしまって。昼休みとはいえ、アポも無しに初めてなのに突然会社を訪ねるなんてうざい役だ。

風見章子も元気だね~。もう映画史の中に入っててもおかしくない人なのに。

「(旦那を)トリカブトで殺してね」とか言う姿に、歴史の重みを感じてしまった。